オアシス

「理由のないこと」
2002年 韓国
(2004年劇場公開)

 監督:イ・チャンドン
 製作:ミョン・ゲナム
 脚本:イ・チャンドン
 美術・シン・チョミ
 音楽:イ・ジェジン
 撮影:チェ・ヨンテク
 製作:イーストフィルム 
 出演
  ソル・ギョング (Hong Jong-du)
  ムン・ソリ (Han Gong-ju)
  アン・ネサン (Hong Jong-Il)
  チュ・グィジョン (Jong-Sae's Wife)
  リュ・スンワン (Hong Jong-Sae)
 (上映時間 132分)
第59回ヴェネチア国際映画祭
監督賞(イ・チャンドン) 新人俳優賞(ムン・ソリ)
第3回釜山映画評論家協会賞
脚本賞(イ・チャンドン) 主演男優賞(ソル・ギョング)
第10回春史羅雲計奎映画芸術賞
大賞 監督賞(イ・チャンドン) 脚本賞(イ・チャンドン)
男優演技賞ソル・ギョング) 女優演技賞ムン・ソリ)
第22回映画評論家協会賞
最優秀作品賞 主演男優賞(ソル・ギョング) 主演女優賞(ムン・ソリ)
第1回MBC映画賞
作品賞 監督賞(イ・チャンドン) 脚本賞(イ・チャンドン)
主演男優賞(ソル・ギョング) 主演女優賞(ムン・ソリ) 新人女優賞(ムン・ソリ)
第23回青龍映画賞
新人女優賞(ムン・ソリ)
第39回百想芸術大賞
作品賞 監督賞(イ・チャンドン)
第29回シアトル国際映画祭
ゴールデン・スペース・ニードル賞(ソル・ギョング)ムン・ソリ)
バルセロナ・アジア国際映画祭
スペシャル・メンソン パブリック・チョイス賞


この「オアシス」の評判は頭のどっかにあって、ようやく観たのですが・・・

話しはこうだ。
まず、真冬に半袖のシャツ一枚の男がバスから降りてくる。
真冬に半袖なのだから、そりゃ寒いだろうさ、しきりに洟をぬぐっている。
行動も怪しい。脳ミソが少し足りない気がする。
あれこれ買い物して、さいごは無銭飲食で捕まった・・・

警察から連絡を受けて、迎えに来たのは、この男の弟だった。
この男、どこからやってきたのか不明だったが、出所したばかりだったのだ。
冬服の差し入れもなく、家族の住所も電話番号も変わっていた。
家族はこの男を見放したのかと思ったりしたが、そうでもない。
この男、何をやらかしたのやら・・・

兄の家には、兄の嫁と、実母。
家族の心配をよそに、出所したばかりというのにカーディガンをお土産に用意していた男。
お土産、て・・・この男、いったい何を考えているのやら・・・

兄は、男に働かせるため、中華料理屋の出前の面接に連れて行く。
ところが、ここでも男は自由っぷりを発揮。
明日から働くから、といって出かけた先が、交通事故を起こして死なせてしまった家族の家。
果物籠を手土産に訪問するが、当然あっさり追い返されてしまう。
四肢が不自由な妹をひとり置いて、兄夫婦は引越しの最中。
一人で暮らせるはずもないほどの障害なのにだ。
冷たい兄夫婦かと思ったりもしたが、そうでもない。
男はチラ、とその娘を目にした。死なせてしまった人の娘さんだ。
この男、何を思ったのやら・・・

その後も、出前のバイクでその娘さんのところにやってくる男。
おかしな男だ。
隣に住む夫婦が、面倒を見てくれるよう頼まれてるようで、カギの隠し場所を知ってしまう。
こういうところは、やたら目ざとい男。
今度は大きな花束をたずさえてやってきた男。いいところもある。
・・・と思ったら、とんでもなかった。
知らない男が入ってきても、どうすることもできない女。
声すら自由がきかない。
抵抗することもできない女に、男は体に触り始める。
バカ!強姦じゃん!
女はショックのあまり、気を失ってしまう。
そりゃ、見たこともない男がカギかけて、安心してたはずの部屋に入ってきてよ、
足触ったり、勝手自由にされたら、誰だってビックリ仰天だわ。
慌てる男、強姦は未遂に終わり、なんとか女の気を取り戻させ、逃走・・・
やっぱり、この男バカだ。
でも、気を失わせたまま逃走しようとして、戻ってくるところが憎めない。

女の兄は、障害者用のアパートに、妹名義で住んでいた。
役人が不正住居してないか調べに来る時だけ、妹を呼び偽装を謀る。
お金を払って、妹の住むアパートの隣夫婦に妹の世話を頼んでいるが、
この夫婦も女が体の自由がきかないことをいいことに、情事に及ぶことも。
女は、自分には縁のないことと諦めてもいるが、まわりは女の気持ちなどおかまいなしだ。
そんな時にあのバカが現われたってわけ・・・

寂しさが募っていた女、諦めていた女、思わずあのバカに電話してしまう。
男だけは、女の声に耳を傾けた。
「聞きたいことがある」と呼び出された男、コンジュ(姫)の前で足を崩さない。
正座したまま、絶対足を崩さない。カワイイ奴だ。

初めてのデートは屋上。
その後も、兄嫁のサイフをくすねて、レストランに食事に行こうとしたり。
そのたびに思いも寄らない世間の冷たい仕打ちに会うふたり。
それでも男の心は挫けない。めげない。
女と一緒に自分もこの世界を楽しむ。
世間に受け入れられないふたりは、ふたりの世界で遊ぶしかなかった。
電車にも乗った。
母親の誕生日にも呼んだ。
もちろん、家族にとっては非常識この上ない。
だって、自分が服役した事故の、被害者の娘よ?
一緒に食事、って・・・
しかも母親の誕生日に・・・
家族写真にも、記念だからと一緒に、って・・・
男の行動はバカげてるかもしれない、でも一番迷惑なのは女じゃなかったのか・・・
居心地悪すぎっ!
実は、この男、兄の身代わりに罪をかぶっていた。しかも軽い気持ちで。
物事深く考えられない男なのだ。
バカなんである。

バカなんだけど、男は魔法が使えた。
コンジュが怖がっているオアシスのタペストリー、夜になると木の影が映ってユラユラ揺れる。
男はその影を消すことができた。


その夜、コンジュは「帰らないで欲しい」と男を引き止めた。
一緒に寝て欲しかったからだ。
男の行為は強姦ではない。でも、世間はそう見なかった。男は黙っていた。
合意に基づいたものであったし、むしろコンジュが望んだのだのに。そのことを男は黙っていた。
コンジュがいくら叫んでも、声にはならず社会に届かない。
コンジュの話しを誰も聞こうとしない。
コンジュの叫びは誰にも届かなかった。
ふたりだけが知っていた。
男はそれで十分だった。
男にとって罪に問われること、服役することなど、どうでもいいことだった。
ただ、コンジュに会えなくなる前に、自分が服役する前に、どうしてもしておきたいことがあった。
将軍がお姫様を守ろうとして、最後にしたこと。
それは、私にも想像できなかったことだった・・・
男の自由な心が取った行動。
それは、コンジュが毎晩、その影に怯えている木を切ることだった。
おバカな男は、女のことをそのおバカな頭で一生懸命に考えていた。
どうしたら、女が怯えずにすごせるかを・・・
なかなか、できることじゃないで・・・
ここまで人に思われることも、なかなかないで・・・

・・・部屋の掃除をするコンジュ。
服役中の男からの手紙。
出稼ぎ気分で、服役中なのに出所したら「おいしいもの食べにいこう」って誘っている。
この男が言うのだから信じれそうな気がしてくる、どこまでもおかしな男だ・・・


監督・脚本は「ペパーミント・キャンディー」のイ・チャンドン。
出演も「ペパーミント・キャンディー」のソル・ギョングとムン・ソリ。
ムン・ソリ・・・
どっかでみたことあるぞ。
あっ、太王四神記だ。
ムン・ソリは各映画祭で新人賞を受賞したが、なぜ新人賞なのだろう??
新人とは思えないし、実際、「ペパーミント・キャンディー」の方が先なのに。

それにしても、脳性麻痺の役をあれまでに完成させるとは・・・
彼女自身、障害を負っている女性と半年間生活を共にしたという。
役作りのためだったと思うが、実際、健常者である彼女が、脳性麻痺を演じることで、身体に影響がでたという。
そりゃ、体壊すよね。
首が動かなくなってハリを打ったり、気が動転し椅子から転げ落ちてしまったり・・・
撮影中に点滴をしに病院へ通うこともあったと語る。
撮影終了時には、それまでのムリしたせいで、脊髄や骨盤が歪んでいたとか・・・。

ムン・ソリはその演技が目に見えて凄いのがわかるが、
私としてはソル・ギョングのあの自然なバカさ加減の演技に目を奪われた。
「ペパーミント・キャンディー」のあの人?そうなの?
ムン・ソリは共演者のソル・ギョングを「もともと優しい人ではなく、無口で無愛想」と表現した。
でも、心配してくれているのはよく伝わって、力強かったと。彼を信頼して演技ができたとも。
カメレオン俳優、ソル・ギョング。
出演してる作品がもっと見たくなります・・・


男が、コンジュを強姦した、ということで捕まった時、警官が男に言った一言が妙に気にかかりました。
「おまえ、変態か?」
コンジュのような障害者を好きなるような男は変態。
まあね。
言われてみれば変態か?
でも、それならみーんなおんなじ。割れ鍋に綴じ蓋だらけ。
変態でも、女の人を好きになるのは何らおかしなことじゃないでしょ?
だからさ、みんな偏見なのよね。
誰が何を気にかけるとか、誰が誰を好きなるとか、そんなのわからないじゃない。
理由もないしね。
初めは気になっただけなんでしょ?
気になった、ってことは誰にも止められないじゃん?
気になったものは、気になったんだもん・・・。
理由なんてない。

健常者と身障者を分け隔てするのもさ、失礼な話しだし。
映画では、まるで身障者には人権がないかのような扱いで。
うまく動けない、誰かに助けてもらわないと生活できない・・・
だからって、恋愛して何が悪い?
身障者に優しい設備はやたら考えられてるけど、肝心の人の心はどうなんだろ?
優しいだろうか?
いやいや偏見はなくならないだろうね。
男のように、「偏見てなんだ?」くらいに概念がなくならない限り・・・

ところで、このふたり。
お互いに一緒にいることで幸せになれるんなら一緒に暮らして欲しい。
男の愛には偏見を越えられるだけの力がある。
女は男に会いたいと思う。コンジュのオアシスはあの男。
おバカな男も気づいてないかもしれないが、コンジュといる時が安らぎ。
自由な自分でいられるオアシス。
実際問題、うまくいかなくなったら、その時はその時よ、誰だってそうじゃない?
みーんな、おんなじ・・・


(2011年1月記)