四月の雪

「不倫という名の愛」
APRIL SNOW 2005年

 製作総指揮 : キム・ドンジュ
 共同製作総指揮 : キム・ジャンウク
 製作 : ペ・ヨングク
 プロデューサー : カン・ボンネ
 プロダクション・デザイン : パク・サンフン
 照明監督 : オ・スンチョル
 音響 : イ・ビョンハ(LIVE)
 音楽 : チョ・ソンウ(M&F)
 編集:イ・ウンス
 美術監督 : パク・サンフン
 衣装 : キム・ヒジュ
 メイクアップ : ソン・サムジュ
 音響効果 : LIVE TONE

(107分)
 監督 : ホ・ジノ
 脚本 : シン・ジュノ、イ・ウォンシク、
       ソ・ユミン、イ・イル、ホ・ジノ
 脚色 : イ・スギョン、キム・ヒョグァン
 出演 : ペ・ヨンジュン/ソン・イェジン
       リュウ・スンス/イム・サンヒョ


ある日、交通事故の知らせに病院へ駆けつけた男インス(ペ・ヨンジュン)。
そこには、泣き崩れているひとりの女ソヨン(ソン・イェジン)がいた。
やがてふたりが知ることになる、事故よりも残酷な現実。
互いの妻と夫が同じ車に乗っていたのだ。不倫旅行での事故、巻き込まれた第三者の青年だけが死亡。
裏切りに絶望するふたりは、複雑な思いで看病を続ける。
互いだけが理解しあえる苦しみや悲しみを共有していくふたりに、こらえきれない想いが募り始める。
絶望の中で芽生えた恋。



雪が降っている。
ソウルのコンサート制作会社の照明チーフ・ディレクターとして働く男インスが、
妻スジン(イム・サンヒョ)の事故の知らせを受け取ったのは、会場の照明の仕込みの真っ最中のことだった。
雪原を貫く高速道路、そしてその先にある東海岸の小さな町、サムチョクに着く前までは
妻を愛する平凡なひとりの男だった・・・。

サムチョクの救急病院の手術室の前、悲しみに暮れて椅子に体を預けている女ソヨンは既に深い悲しみの底にいた。
自立することなく、親の薦めで夫と結ばれた彼女にとって、夫が交通事故で生死の淵にあることは絶望を意味した。
まだ彼女は知らなかった。その事故の理由を・・・。

やがて、ふたりに残酷な現実がつきつけられる。それぞれの妻と夫は同じ車に乗っていたのだ。
デジカメ、携帯電話・・信じていた伴侶の裏切りを証明する品々が現実を突きつけてくる。
「いっそ、死んでくれればよかったのに」
意識の戻らぬ妻に向かい、インスからそんなつぶやきが漏れ出す。



ふたりは真実を確かめずにはいられない。インスとソヨンは互いの伴侶のことを語り合う。
そして、それぞれが結婚する前、ふたりは大学時代からの知り合いであることを知る。
何時から欺かれていたのか?悲しみは憎しみとなり、そして無力感だけが残った。



他の誰にも語ることのできない真実を、はからずも共有することになったインスとソヨン。
ふたりは互いの支えとなっていることに気付く。笑みさえも見せるような・・・
だが、その想いが募ればそれは自分たちがかつて愛した者たちと同じ過ちを犯すことを意味する。
そんな逡巡も愛に渇いたふたりにはどうでも良いことだったのかもしれない。
負った傷の深さの分だけ、心の虚しさを埋めるかのようにインスはソヨンの、そしてソヨンはインスの愛を求める。
肉体が傷ついた者たちよりも、心を傷つけられたふたりこそが癒しを必要としていた。
しかし、出口の見えない中、転機は唐突に訪れた。
インスの妻が意識を取り戻し、ソヨンの夫はさらに状態を悪化させてゆく。
それぞれの家庭へ引き戻されるふたり・・・


私が観たのはディレクターカット版で時間は140分くらい。
どこがカットされたか分からないが、劇場版よりも15分くらい長い。
最近、私は愛に、というより肉欲に飢えているのか、ペ・ヨンジュンのセックスシーンに目を見張ってしまった。

ペ・ヨンジュンは言わずと知れた韓国を代表する国民的大スター。
1972年8月29日生まれ。
日本では2002年の「冬のソナタ」で爆発的人気、ドラマ「太王四神記」まで第一線で活躍。

ペ・ヨンジュン=“微笑み”というイメージから「ヨン様」と呼ばれている彼が、
「四月の雪」ではこれまでの品行方正「ヨン様」とは違う一面をみせている。
私は特別、ヨン様ファンでもないし、韓国ドラマファンでもないが、
あまりのブームに興味本位で乗っかり、遅ればせながら「冬のソナタ」も一応チェックした。
「太王四神記」はそのストーリーのおもしろさも手伝って毎回欠かさず観た。
だからといって夢中になるほどではなく、冷めたものだった。
でも・・・
「四月の雪」のペ・ヨンジュンは違った。
「抱かれたい」
今回ばかりはペ・ヨンジュンにハマッタ。あくまで、「四月の雪」ファンとしてですが。

この映画のよさは、セリフが極端に少ないところなんです。
バックにピアノやヴァイオリンの音楽が静かに流れて、悲しみを滲ませたふたりの映像が延々映ってる・・・
映し出される背景は、病院と宿泊先のモーテル・・・看病と会話が少し・・・
ほとんど口を開かず、ガチャガチャ煩くないところが好い。

『四月の雪』のために準備された空間、サムチョク。
人工的な雰囲気を最大限排除した実際の空間と、そこにいそうな人物を描き出す
ホ・ジノ監督のスタイルは『四月の雪』でも例外ではない。
“実在する見知らぬ町”を探して全国のあらゆる病院と都市をみて回った制作チーム。
その結果出会ったサムチョクは、まるで『四月の雪』のために存在する空間のように思えたという。
二人の主人公が惨憺たる現実と向き合う空間であるにもかかわらず、
現実からかけ離れた見知らぬ雰囲気を持っているからである。
複雑な構造の古い病院、シナリオ通り、病院の隣に位置する小さなモーテル、モーテル近くの竹西楼、
柱のないまま建てられた古いカフェ、そして静まり返った通り全体に漂う寂寥感まで、
すべてがサムチョクに準備されていた。
3月、まるで待っていたかのように降った百年ぶりの豪雪は、『四月の雪』のために
サムチョクが準備した一番大きなプレゼントだった。
その雪のおかげで、映画に自然さとリアリティーを加味し、美しいシーンが誕生したのである。


映画のストーリーの出来すぎな感は否めない。
これが現実だったらどうだろう?
不倫旅行していた配偶者が旅行先の田舎町で交通事故を起こし、
関係ない第三者の青年が事故に巻き込まれて死亡。
意識の戻らない配偶者を看病する・・・被害者の葬儀にも向う・・・
将来ある青年の命を奪われた遺族は怒り心頭、散々なじられる。
裏切られていたのに・・・
どんな気持ちになるだろう?

映画のふたりは周囲に事故を起こしたふたりが不倫関係にあったことを伏せている。
ふたりとも毎日病院に通い献身的な看病を続ける。病院と、その近くに借りたモーテルとの行き来・・・。
病院では平静を装っているが、部屋に入ると張り詰めた糸が切れたかのように複雑な気持ちが襲ってくる。
自分をさらけ出せる唯一の空間だ。
浮気していた妻の看病を黙々と続ける・・・有りですか?
体を拭いて、食事をさせる・・・そこまでの看病、有りですか?
一命をとりとめて、退院して元気になってからも、別れるでなく、妻のために料理したり、
何もなかったかのように元の生活に戻る・・・有りですか?
それは、浮気されても愛しているからですか?
嫌いにならないからですか?
なんか私、天津木村みたいになっちゃてますけど・・・

一方、ソヨンは、専業主婦。現実なら夫に先立たれては路頭に迷うはず。
浮気が発覚した今でも、献身的に看病するのは、生活のためだからですか?それだけじゃないですよね?
夫の健康が回復したら、元の生活に戻るつもりですか?
しかし、皮肉にもソヨンの夫は意識が戻らないまま、亡くなってしまう。
泣き崩れるソヨン。
その涙は、どうしてですか?
生きていて欲しかったのは、愛していたからですか?
元気になったら、またやり直すつもりだったからですか?
彼女はついに独りになった・・・。

ソヨンと深い仲になったにも関わらず、インスは妻と元の生活に戻った。
ソヨンだけが独りになった。
それで、ソヨンは納得できるのですか?
納得するも何も、不倫だったからですか?
一時の過ちだったからですか?
寂しさを、同じ境遇の者同士埋めあっただけのことだったからですか?
おとなしく別れてそれきり・・・



看病の日々の中でふたりは求め合うようになった。初めはお互いの妻や夫のことがきっかけだった。
同じ痛みを背負ったもの同士、傷を癒す相手として・・・ふたりは同じ過ちを犯してしまう。
現実的に考えて、相手がペ・ヨンジュンじゃなかったら、こうはならないはず。
‘求め合う’どころか、なじり倒すところかもしれない。
でも、相手はペ・ヨンジュン。当然、惹かれていく・・・。
病床にお互いの伴侶がいるのだから、自分達も同じ轍を踏んだ。
しかも、生死をさまよう重病人だ。
互いに求め合う生身の男と女、心と体は必ずしも一致しないのだ。

こうなって・・・↓


そして、こうなって・・・↓


ついに、こうなって・・・↓


流れで、こうなって・・・↓


激しく、こうなった・・・↓

「あーん、私にもそうしてぇ」
「ぺ・ヨンジュンに抱かれたーい」
「チューだけでもいいからー」

お互いが看病してるのを窓越しに見えてしまったら、辛いでしょう?
自分達も不倫だけど、相手が甲斐甲斐しく看病してるのを見たら嫉妬に駆られるでしょう?
地獄です。
もはや、人間不信に陥りそうです・・・
辛く苦しい場面です・・・
ふたりは惹かれあっていたのに、なぜ男は妻の元に戻っていったのですか?


「私たち、不倫しましょうか?すごく激しく・・・」
自分と同じ境遇に置かれたインスに、自嘲交じりの冗談を言うソヨン。
そして「酔ったみたい、醒ましてくる・・・」と外に出る彼女が切ない。
私が好きなシーンのひとつですが実は、配偶者の裏切りに対する怒りと悲しみを表現するための
セリフ、ソン・イェジンのアドリブだった。
わかる。
そういう気持ちになるの、すっごくよくわかる。
ソン・イェジンは「か弱そうに見えるソヨンが、若い女性が持ちうる唐突さを見せたかった」と言うが、
そういう気持ちになるのもわかるし、口にしたい衝動に駆られるのもよくわかる。
もはや誰でもかまわない、無条件で頼っていたい。そんな自暴自棄になりたい時だってある。
たとえ辛くなるだけと分かっていても、後先考えずに流されてしまいたい時だってあるんです。
不倫であれ、一つの愛のかたちに変わりないじゃない・・・。

ナイスなアドリブを披露してくれたソン・イェジンは短い活動期間にも関わらず、
その清楚な存在感で、今や“韓国映画の宝石”とまで言われるようになった。
1982年1月11日生まれ。ソウル芸術大学映画科卒業。
映画デビューは、2002年のカンヌ映画祭監督賞に輝いたイム・グォンテク監督作『酔画仙』。
この作品で、『オールド・ボーイ』主演のチェ・ミンシク、韓国映画の重鎮アン・ソンギとの共演を果たした。
続く『永遠の片想い』(2002)で、韓国での映画評論家協会の新人女優賞を受賞。
そして翌年の『ラブストーリー』(2003)では、母娘の2役を見事に演じ、韓国アカデミー賞(大鐘賞)新人女優に輝く。
『私の頭の中の消しゴム』(2004)で記憶を失っていく主人公を演じたのも彼女。
常に様々な色の愛を表現できる女優として成長し続けている。


妻との生活を再開したインスは、肉体関係をもとうとしなかった。
・・・罪なことである。
妻からの求めを夫に拒否されたら、妻にとってこれほどの屈辱はない。他に好きな女性がいると思われても当然だ。
妻はついに「来月から仕事に復帰することになったわ」と静かに別れをきりだした。
一人の女として、不倫とはいえ愛する人を亡くした。
黙って受け入れる夫の元に帰ったが、その生活は空虚なだけ。
夫を一途に想っていた頃のビデオを懐かしむことがせいぜいで、将来は見えてこない。
夫に感謝の念と、自責の念と、歩み寄ろう、やり直そうにも、そこにいるのは‘心ここにあらず’の夫。
ふたりの仲は既に破綻していた。そこに‘幸せ’は見いだせない・・・。

幸い、妻には復帰できる仕事があった。
夫を解放し、いや、誰よりも彼女自身解放されたかったのだろう。
せめて‘仕事に復帰する’と告げることで、夫を心置きなく行かせてあげられる。
その一言が、妻の精一杯の最後の愛情表現だったのかと思う。

「結婚」という法律上の形式をとったが故、
愛に「不倫」という言葉がうまれた。

愛のない「結婚」は、一緒にいても不幸、別れても不幸。

映画では、現実とのギャップも多少感じたし、腑に落ちない状況もあったりもしましたが、
結局私が何を言いたかったか・・・
それは・・・
ふたりの裸のシーンが美しかった、ってこと。
ペ・ヨンジュンのしぐさも、ソン・イェジンの腰のくびれも・・・

こういう不純な観かた・・・有りですか?


(2009年9月記)