フェーンチャン 〜ぼくの恋人

「居心地のいい場所」
Fan Chan / My Girl / Ma copine


 2003年タイ映画/ヨーロッパヴィスタ/カラー/111分/

 監督・脚本:コムグリット・ドゥリーウィモン、ウィッタヤー・トーンユーン
         ソンヨット・スックマークアナン、ニティワット・タラートーン
         アディソーン・ドゥリーシリカセーム、ウィッチャヤー・ゴージウ
 共同脚本:アマラポーン・ペンディントーン
 製作総指揮:バイブーン・ダムロンチャイタム、ブッサバー・ダーオルアン
        チューポン・ラッタナバンドゥーン、ウイスーット・プーンウォララック
        ジーナ・オーソットシン
 主演:チャーリム・タライラット、フォーカス・ジラクン
     チャルーモポン・ティカマポーンティラウォン
 提供:ジェネオン・エンタテインメント、国際メディアコーポレーション
     ワイズポリシー
 配給:ワイズポリシー
 宣伝:アルシネテラン


公開初日からわずか3日間で興行収入3000万バーツ突破!(日本円にして約9000万円、
ちなみにタイの映画入場料は平均100バーツ=300円)
これほどのヒットになるかどうか見越してのことかどうかは分からないが、
監督6人、プロデューサー3人、脚本7人、映画会社3社、タイ映画史上初だそうで・・・
挿入曲20曲は80年代にタイで流行した歌謡曲の数々。
音楽が進行役を務める映画形式はインドを始め東南アジアでは、ごく当たり前のスタイルと思われる。

ストーリーは、80年代のタイの田舎町に住む小学生たち。
おとなしくて男の子のグループに入れない小学校4年生のジアップ(チャーリー・タライタット)と、
女の子グループのリーダー的存在で“ゴム飛びの女王”の渾名を持つノイナー(フォーカス・ジラクン)
このふたりを軸にその友達同士の日常が描かれている。
ジアップとノイナーは幼馴染で大の仲良し。
ふたりの両親は共に床屋を営んでいて、よろず屋一軒を挟んで両隣りに店を構えている。
父親同志はライバル意識からか仲が悪いが、母親同志はとても仲がいい。
家も近いし、ふたりは生まれた時からいつでも一緒だった。そしてそれが自然だった。

でも年を重ねるにつれ、ジアップは男の子の遊びに憧れ、悪ガキグループに入る事を望んだ。
だけど悪ガキグループのボス、ジャックが仲間に加える代わりに出した条件は、
大切なノイナーの心を深く傷つけるものだった。そして実際ノイナーは傷つき、悲しんだ。
その後、ジアップはノイナーに一言も謝れぬまま、彼女は引っ越してしまう。
・・・そして本日、大人になったジアップの元にノイナーの結婚式の招待状が届いた。
10年以上経った今でも、ノイナーはジアップのことを忘れていなかった。
今振り返ると、あれは僕ジアップの初恋だったのかもしれない。


私がこの映画を見たのはテレビ放送、しかも深夜の放送を予約録画で入れていたものだった。
録画したテープをほったらかしにしていたほど、期待薄な映画なのに、
なぜ予約までして撮っておいたか、今になるとまったく思い出せない。
それほど「どーでもいい」映画だったことは確かだ。
テープを消さなかったことが不思議なくらい・・・とにかく、私はさして期待もせず見始めた。

初めのシーンは大人になったジアップが友人の結婚式に招待されて張り切っている場面だった。
その後、ノイナーの結婚式の招待状が届いていると母親から電話がある。
そこからジアップの幼い頃の思い出が蘇るのだ・・・

思い出と言っても、幼い頃遊んだ小学生の日常が音楽にのせて描かれていくだけ。
それなのに、日本で生まれ育った私にもなぜか懐かしく、心躍るシーンばかり。
ゴム輪合戦、ゴム飛び、英雄ごっこ(日本で言えば時代劇ごっこ)、ままごと、自転車の手放し乗り、
飛び込み、草サッカーなど次々と展開する遊びは私の子供時代と大差がなく
懐かしさがこみあげてくる。タイと日本という距離が感じられないのが不思議だ。



ジアップは女の子達と遊んでいたが、そこがジアップの‘場所’であり、
彼自身それなりに楽しんでいるかのように見える。
男の子たちにからかわれて初めて、ジアップ少年は複雑な心境に陥っている。
今の彼が‘居心地のよい場所’はノイナーの居る女の子グループだったのではないか?
でも男の子のジアップは無理にでも女の子グループから脱却しなきゃ、と思ってしまう。
成長するって、時には自然に逆らうことだったりするのかも。
ジアップ少年は女の子グループをあえて避け、悪ガキグループの世界に飛び込んでいく。
やがて草サッカーで素晴らしい能力を見せて悪ガキグループの間で株を上げるが、
グループの正式メンバーになるテストとして女の子グループのゴムひもを切ってノイナーと喧嘩別れ。
悪ガキグループからの手痛い洗礼を受けるジアップ少年。
女の子のゴム飛びのひもを切ってからジアップ少年の複雑な心境が噴出!
ノイナーの悲しみが交錯してドラマ性がぐっと増してくる。

その直後彼女の一家が越すことになり、仲直りのチャンスを永遠に失ってしまう。
この時のこれまで犬猿の中だった父親同士の無言の交流も必見だ。
ジアップ少年が悪ガキグループのメンバーたちとバイクを改造したカートに乗って
ノイナーの乗るトラックを追いかける長丁場の場面は、不覚にも手に汗握る・・・
悪ガキたちが協力し合うのを見るのも気分が良い。



という物語が十数年後ノイナーの結婚式に向かうジアップの回想として展開する。


場面は再び大人になったジアップが十数年ぶりに実家に戻ったシーン。
友人の結婚式ではなく、ノイナーの結婚式に出席することにしたジアップ。
幼い頃主人公の家に隣接するよろず屋とノイナーの家がセブンイレブンに変わっているシーンは
妙に郷愁を感じさせる。

そして結婚式でのノイナー・・・
幕切れの結婚式で振り返るノイナーの花嫁はドッキリですか?
それとも蛇足ですか?
それは見てのお楽しみ、てか私は少々興ざめがしたが(笑)


子供の頃って本能的に自分の‘居心地のいい場所’を嗅ぎ分けられますよね。
それが、大人の常識で考えたら、違和感があったとしても自分の場所があったじゃない?
ジアップにとっての場所はノイナーだったのかもしれない。
ノイナーにとっての場所もジアップだった。それが自然だった。
安っぽい言い方かもしれないが、‘安らぐ場所’とでもいうか・・・
ジアップと一緒にいたい、という気持ちをノイナーは素直に表現しただけ。
そしてジアップは・・・ノイナーと一緒にいたいけど・・・
なーんか複雑で、男の子達の世界にも飛び込みたくて・・・なーんて心境になってる。

私たちも‘居心地のいい場所’に座り続けることはできないってこと。
人が成長する時、立ち上がらなきゃならない時もある、ってこと。なんじゃない?
そうしてまた新たな自分の場所を見つけだしたり、つくりだすとかしていくもの。
誰でもそうしてきたじゃない。
子供の小さな社会から、大きな社会へ羽ばたいていくぅーっ!
ってことなんだわさ。
ジアップが先に立ち上がって、だからノイナーも立たなきゃならなかった。
そういう映画なんだと思う。
その点が、この映画を万国共通たらしめてるわけなんだわ。
そっかぁ・・・だから、この映画を見て過ぎた自分への懐かしさを感じてしまうんだーね。


(2008年3月記)