至福のとき

「人情てんこ盛りで涙き笑い」
幸福的光 2002年


 監督 : チャン・イーモウ
 脚本 : グイ・ズ
 原作 : モー・イエン
 出演 : ドン・ジエ / チャオ・ベンシャン
       フー・ピアオ / リー・シエチェン
       ニウ・ベン / ドン・リーファン

(97分)


継母に虐げられてきた盲目の少女と、金も仕事もない、しがない中年男の奇妙な交流を描いた感動ドラマ。
舞台は大都市、大連。
結婚願望強い中年男のチャオは見合いした女性に気に入られたいばかりに
彼女の前夫の連れ子ウー・インを預かることになってしまった。
彼は按摩が得意なウー・インのために閉鎖された工場に偽の按摩室を作り、友人たちに客のフリをしてもらうのだが・・・


「あの子を探して(99)」「初恋の来た道(00)」「至福の時(02)」はチャン・イーモウ‘幸せ3部作’である。
原作はモー・イエン。
モー・イエンは「赤いコウリャン」の原作者でもあり、チャン・イーモウ監督が映画化している。
モー・イエンもチャン・イーモウもこれまで農村を題材にすることが多かったが、
‘幸せ3部作’の完結編では珍しく大都市を舞台に描いている。
近代化の進む都市で懸命に生きる人々に注ぐ、優しいまなざしに心打たれる。
現実を見据えたラストシーンは印象的だった。

チャオさん役はじめ出演している俳優さんは喜劇役者さんです。
私、数年前中国に行った時、ホテルの部屋で見たお笑いテレビ番組でこの方々が出演しているのを見たことがあります。
日本でいう吉本新喜劇のような劇をしていて、会場は爆笑の渦でした・・・


シーンのひとつひとつが大好きな映画。
好きというより、大事にしたい心がちりばめられているとでもいうか・・・
冴えない中年男のチャオさんは失業中でお金もない。
見合い相手に嫌われないように精一杯一張羅でオシャレをし、安く買える散りかけのバラを
枯れている花びらをハサミで切って体裁よく整え、いそいそと出かける・・・健気である。
そんな人の良いチャオさんは、見合い相手につけこまれて、居候している前夫の連れ子を
チャオさんに押し付け厄介払いしようとしている。
おまけに金持ちの本命男とちゃっかり結婚されてしまうチャオさん・・・憐れである。

縁もゆかりもない娘を押し付けられたチャオさんはいい迷惑であるが、娘はチャオさんの役に立とうとして按摩をする。
チャオさんは娘に心配をかけまいとして、偽の按摩室を作り、仕事を与えた。
それは彼女に自信と喜びを与えた。
チャオさんは仲間に協力してもらい、はじめは自腹でお金を与えていたが、やがてそれも底をつき、
紙のお札を盲目の娘に渡すことを考え付く。
思いやりである。
娘はその気持ちを汲んで騙されてあげている・・・
思いやりである。

人と人との温かい交流がてんこ盛りなんです。
泣いちゃいます・・・うわぁ〜ん
なんて温かいのでしょう・・・うぇ〜ん

娘は、お金を貯めて逃亡してしまった本当の父親を探しに行きたいと言う。
チャオさんからしたら、お金もない盲目の少女が、そんなことは夢だと思って聞いている。
叶えてあげたいが、自分にはそんな力はないし・・・。
そのシーンで二人はアイスを食べながら話している。
本当はハーゲンダッツアイスを買ってあげたかったが、チャオさんにそんな高いアイスなど買えるはずもない。
路地のアイスキャンディをハーゲンダッツだよ、と言って娘を喜ばせるチャオさん。
娘はハーゲンダッツアイスを知らない・・・。
継母のデブの息子が毎日好きなだけ食べていたハーゲンダッツアイスを娘は一度も食べさせてもらったことがなかった。
娘は買ってもらったアイスキャンディを美味しそうに頬ばり、夢を語る・・・。

ひまわりが描かれたワンピースもチャオさんに買ってもらった。
「たくさん描いてある?」
「ああ、たくさんだよ」
二人の‘至福のとき’だった。

全編すべてが‘思いやり’に満ちた‘偽り’が合わせ鏡となって展開する。

‘偽り’ではないか、と言うなかれ。
‘偽り’と知りながら騙されてあげる‘思いやり’が人の優しさ、人情というもの。

でも、それは長くは続かない。
やがて終わるときがくる。

娘は現実に飛び出していく。
厳しい現実に!

二人が人々の温かい思いやりに包まれていた‘至福のとき’に終わりがやってくる。


振り返ってはじめて自分が‘幸せ’だったことに気づく。
誰しもそうなんだと思う。

人はみんな温かい愛に包まれている時はその温かさに気づかずにいる。
厳しい現実に触れてはじめて気づく人情の温かさ。
失ってはじめて気づく人の愛の温かさ。

あなたは忘れていませんか?
あなたを包んでくれている人の温かさを・・・


(2004年10月記)