太陽がいっぱい

「劣等感」
PLEIN SOLEIL 1960年(仏・伊)

 監督/脚本 : ルネ・クレマン
 原作 : パトリシア・ハイスミス
 脚本 : ポール・ジュゴフ
 音楽 : 二ーノ・ロータ
 出演 : アラン・ドロン
       マリー・ラフォレ
       モーリス・ロネ

(117分)


貧乏なアメリカ青年トム(アラン・ドロン)は金持ちの放蕩息子フィリップを連れ戻して欲しいと頼まれ、ナポリにやってくる。
金にモノをいわせ女遊びに明け暮れるフィリップを目撃したトムは、怒りと妬みから次第に彼を憎悪するようになる。

ついにフィリップを殺したトムは、身分証明書を偽造して彼になりすまし、金と女を手に入れるが・・・


目端は利くのに貧乏から抜け出せない境遇にあって、いわれのない偏見からくる激しい劣等感。
内気な美少年はアラン・ドロンのはまり役だった。
金持ち息子になりすます犯行は完全犯罪に思えたし、そうあって欲しかった。

名監督ルネ・クレマンのサスペンスに満ちた一級映画だ。

完璧なまでの周到な準備を経て殺人が成功し、めでたし、めでたし・・かと思いきや。

クーッ!なんだよっ!

ナポリの真っ青な海、強烈な太陽の輝き。
影のある美貌のアラン・ドロン。
鮮烈なラスト・シーン・・・




金目当てでありながら、その根底には根深い劣等感が存在している点と、金に物言わせ放蕩する罪深さが交差し、
殺害は制裁ともとれる点に、つい犯罪者であるトムの肩を持ちたくなる。
そこがこの映画の魅力なのだろう・・・。

(2002年12月記)


もしかしたら、そうじゃない見方もできる。
フィリップを陥れるため、女のイヤリングをわざとポケットに入れてみたり、はなっから婚約者との仲を裂こうとしてるのがみえみえなのだ。
要は、金目当てではなかったようだ。工作のうえ手に入れた金を全額殺したフィリップの婚約者に渡した。
金目当てではなくて、フィリップの婚約者が目当てだったと思える。
犯行はすべては彼女を手に入れるため、計画的に行われた。
それはきっと、ボートで放され火傷を負いながら考えていたこと・・・。
殺害を隠すため、フィリップに成りすましていたことがバレそうになると、第二の犯行に及ぶトム。
死体を運ぶシーンではタバコをくわえさせたり、酔ったように見せかけたり・・・。
それを亡きフィリップの犯行に見せかけるという頭のキレる犯行。
ついには彼女を振り向かせ、大願成就。こうなってくると、ただの悪党、ただの犯罪者にも思える。

だとしても、それらが完全犯罪とはいかないミスを犯してしまったトム・リプリーが哀れでならない。

ところで、アラン・ドロンは、最後の最後でヘマをしでかす役どころが多いようだ。
顔は申し分ないんだけど、下級層の若者で、どんなに繕っても品のなさが露呈してしまうような悪党役。
ジャン・ギャバンと共演した「地下室のメロディ」もそうだった。
完璧な計画を練ったジャン・ギャバンの大金強奪も結局、機転を利かせたつもりでプールに鞄を沈めたが故の失敗・・・。
最後の最後で大どんでん返し。
それにしても、なんであそこにあの時間、警官がわんさかやってくるかね?
そして、なんで鞄の蓋が開いちゃうかね?
アラン・ドロン出演映画で完全犯罪はまぼろし〜(←IKKOさんで)


(2018年9月記)