プラトーン

「アメリカの裏切り」
PLATOON 1986年

 監督/脚本 : オリヴァー・ストーン
 出演 : チャーリー・シーン
       トム・べレンジャー
       ウィレム・デフォー
       フォレスト・ウィテカー

(120分)
 1987年アカデミー賞4部門
 作品賞、監督賞、編集賞、音響賞


1967年ベトナム。
名門大学を中退してひとりの志願兵(チャーリー・シーン)
次々と徴兵されていく同年代の若者の多くは、少数民族(インディアン、黒人、プエルトリコ系・・)や
貧しい者たちだったことに対する、ある意味抗議の意味を込めた憤りゆえの志願だった。

だが、いきなり最前線の戦闘小隊‘プラトーン’に配属された彼にとって、
戦場は想像をはるかに超えた過酷なものだった。

そして、小隊内の対立。
味方といえど情け容赦ない戦争マニアの隊長(トム・べレンジャー)と
たとえ戦争でも人間のモラルを忘れない班長(ウィレム・デフォー)のミゾは深まるばかり・・・
そんな状況のもとでベトナム人の村での虐殺、略奪、強姦と人間の最大の罪悪を体験していく。



チャーリー・シーンのモデルは若き日のオリヴァー・ストーン監督自身。


はじめは、ちょっとした正義感、社会へのプチ反抗の気持ちでカッコつけて志願したに過ぎないチャーリー・シーン。
でも、戦場のベトナムはそんな綺麗事では生きて帰れそうにない。
「志願なんかするんじゃなかった」と彼は後悔しただろう・・・

いきなりの最前線送り。
「こんなはずじゃなかった・・・」と英雄気取りもここまでと思っただろう・・・

ベトナムのジャングルの映像からは戦場さながらの生々しい空気が感じられた。
「こんな、ベトナム映画ははじめてだ」と思った。
オリヴァー・ストーン監督自身、実際ベトナムを経験しているからだろう。

この映画のポスターは兵士が両手を天にあげてひざまずいているポーズです。
あれは、ウィレム・デフォーが見方のヘリに乗りそこね、置いてきぼりにされた時のポーズなのだ。
ヘリが去った直後、一斉放火弾が落とされた・・・
勝利の犠牲になるアメリカ国民。
勝利とはいったい何なのか・・・?
アメリカの犠牲はベトナムばかりではない・・・人間の最大の罪悪、それは戦争。

医学と科学の発展は戦争による実験の成果か・・・歴史はそれを物語っている。
しかし、医学と科学の発展のための戦争はナンセンスだ。
そこから生じるのは利害、損得だけであって、人間的に得るものはなにも無い。
罪悪だけが結果として残る。
どんな正当な理屈をもってしても、人間同士の殺戮は許されるものではない。



人間であろうとして、戦場でそれを通そうとしたウィレム・デフォーはアメリカに見捨てられた。
冷酷な隊長トム・べレンジャーも生き残ることで必死のあまり神経が麻痺していた。
帰還すれば英雄だ。
だが現実には、戦場の体験がトラウマとなり廃人同様になっている人も少なくない。
アメリカの抱える社会問題のひとつだ。


1978年「ディア・ハンター」はベトナム戦争がもたらした狂気をリアルに描いている。
1979年「地獄の黙示録」ではコッポラによる映像美が現実味を超えてしまった。
恐怖だけが増幅されていて、戦争のむごさには欠ける。

ドラッグ、アルコール依存、対人関係が築けない、様々な恐怖症候群・・・
彼らはみんなアメリカに見捨てられたと言っていいだろう。
ベトナムで捨てられるか、帰還してアメリカで捨てられるかの違いだ。
戦場での英雄は虚構にすぎず、大量殺人を犯して英雄気取りはそれだけで狂気の沙汰だ!

そんなアメリカではいまだに「愛国心」というフレーズがよく聞かれる。
なんで?まだ懲りないの?
そりゃ、そうだよね。
強い国アメリカはまだ負け知らずだもんね。

どんなに犠牲をだしてもまだ負けてないもんね。
・・・って、
お前らはアホか!

アメリカさえおとなしくしてれば全世界が平和なのではないか、と思うのは私だけですか・・・?


(2002年12月記)